奈良県議会議員 山下 力
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山下 力の日記
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2006年09月04日
大阪・京都の「同和」排除のキャンペーン

 連日におよぶ、大阪・京都の「同和」対策をめぐる報道を見るたびに恥ずかしさと不愉快な思いが入り混じり、正直、滅入っています。京都市の問題は、現業職員の相次ぐ不祥事が公務員としていかがなものか、ということであったと思います。市長が決意として述べているように「民間委託」に切り替えてなにが変わるというのでしょうか。不祥事が減るわけではありません。ふとどきものが民間人で、市の責任が問われなくなるだけです。また、採用窓口が運動団体に一本化してきたことで指導や管理ができなかったというのも詭弁ではないでしょうか。採用にかかわって問題があるとするならば、「同和地区」住民が今日も厳しい就職差別にさいなまれているのか、否かについての京都市の現状認識にあると思います。少なくとも、1970年代の半ばには京都の「同和地区」の青年も地区外と同様に教育や就職の機会を等しく保障されていたはずであります。なのに、現業職の採用窓口が運動団体に今日までだらだらと一本化されてきた放漫で無責任な態度が弛緩した職場環境をつくってきたのではないでしょうか。
 大阪の不祥事の本質は徹底した情報の非公開にあると思います。もう十年もまえのことでありますが、奈良県が同和対策の諸施策をすべて県の広報紙である「同和なら」に掲載している事実を知って大阪の公立大学の教授がびっくりしていました。「私は長い間、大阪市の同和対策協議会の委員をしてきましたが、このような同和対策事業が列挙された資料を見たことがありません」との話を聞いて、むしろ私がけげんに感じたものです。また、こんなこともありました。返済不要の給付で制度化された同和対策奨学資金が’80年代半ばに貸与制度に変わりました。折角縮小してきた進学率の較差がまたぞろ開くのでは、との心配から私たちも県や国と激しくやりあったものです。しかし、結局は貸与になってしまったのですが、なぜか大阪と京都は今日まで返済不要の実質給付が続いてきています。このへんのからくりは議会も市民も知らされていないでしょう。もともと、どんな施策や制度にも必ず根拠があるものです。しかし、周囲の状況は刻々と変化し、そのつど見直しが必要になってきます。けれども情報公開のないところではその精査がなされず、運動体も行政も、慣れこのスズメとばかりに惰性で事を処していきます。ここから堕落と腐敗が派生します。
 マスコミもいまいち事の本質をえぐってくれないかなー、とため息をつきながら新聞・テレビをみつめる今日この頃です。

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