奈良県議会議員 山下 力
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山下 力の日記
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2006年11月21日
福岡の黒瀬さんの問いに答えます

福岡の黒瀬さんから『山下さんが関わってこられた「糾弾」でたった一つだけ成功例があるそうですが差し支えなければ「サイト」でそのお話を教えていただけないでしょうか』と要望がありました。

「被差別部落のわが半生」(平凡新書)に記した『赤レンガ差別事件』を紹介し問いに答えることにします。

Aさんは奈良県のある町で魚売りの行商をしていた。かなり強度のアルコール依存症で、あるとき酔っ払いながら「オレを」〈赤レンガ〉とカン違いしてるんか!」と怒鳴り散らした。「赤レンガ」は四個をひと束にしていたことから「ヨツ」の隠語であり、明らかに差別発言である。組織に連絡があり、私が担当することになった。
事実確認会、第一回の糾弾会と進むにつれて、小さな町のことでもあり、さまざまなウワサが乱れ飛んだ。町のスナックで糾弾会のことを酒のサカナにして飲んでいたおっさんをつかまえて「お前の今の話は差別発言じゃ。解放同盟に言うぞ」とおどかして米俵を一俵せしめたという二人の若いもんがいた。第二回の糾弾会にはその二人を引っ張り出してきついお灸をすえるという「おまけ」もあったが、肝心のAさんは「何も思いだせまへん」の一本槍である。
質問を変えたり人を変えたりしても、さっぱり埒があかない。一方通行である。私がそれまで何度も手がけていた「糾弾会」のような展開には全然ならない。朝田理論の出る幕もない。私はホトホト困ってしまった。そしてAさんの奥さんが「酒を飲まなければエエ人なんですけどねえ」と呟いていた言葉をふと思い出した。そうだ、アルコール依存症という病気が差別発言をさせ、またその病気が発言したことさえ忘れさせているのだから、病気を治すしか手はないやないけ!
私は「エイ、ヤッ」と決心し、通常の「糾弾会」のやり方を一切やめた。「Aさん、もうええから、たった一つだけ約束してくれへんか。酒飲むのをやめることや。それをみんなの前で約束してくれれば、もうおしまいにする。どや」。会場には多数の解放同盟の仲間と町長、教育長はじめ町の偉いさん、そしてAさんの奥さんもいた。Aさんはしばらくじっと下を向いていたが、そっと顔を上げ、「わかった。ワシ、酒、やめます」と小さな声で言った。糾弾会はそれでおしまいにした。参加した人のほとんど全員がAさんの言葉を信じていなかった。だから私の糾弾会の締め方にブーイングが起こった。私自身も半信半疑だった。
約一ヶ月後、町の教育委員会から連絡があり、私はAさん夫婦に会いに行った。奥さんは涙を流しながら、「おかげさまであれから一滴ものんでまへん。ほんまに助かりました」と、お礼を言う。私ももらい泣きをした。本人も、「恥ずかしく思うています」と明るい声で言った。その後もときどき関係者に会ったり噂話を聞いたりしているが、いまだに酒は飲まず、まじめに働いて機嫌よく暮らしているという。Aさんのケースは、これまで何度もやった糾弾活動の中で、今思い出しても後味がいい数少ない経験の一つである。

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