奈良県議会議員 山下 力
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山下 力 の 活動レポート
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一連の「同和不祥事」と人権対策について 2007年03月19日

昨年来、大阪・京都・奈良のいわゆる「同和不祥事」が連日報道され、それらの紙面や映像に触れるたびに恥ずかしさと腹立ちで、正直、心が滅入ってきました。これらすべての不祥事は、運動体側の「行政依存体質による甘えの構造」と行政側の「事なかれ主義による懸案事項の先送り」体質が生み出したものであり、極めて不十分な情報公開で守られてきた同和対策の残滓です。周回遅れの解放運動と無責任行政が共同して生み出してきた「喜劇」であり、「悲劇」であります。一連の不祥事をきっかけとして私は三つの問題点を指摘して県の見解を確かめておきたいと思います。
 @、まず一つ目は、部落の生活実態についての基本的認識についてであります。‘69(S44)年に同和対策事業特別措置法が制定されて以降、約15兆円の公的資金が投入され、そこにわが国経済の高度成長の追い風に後押された結果、’65年の「同和対策審議会・答申」が指摘していた「中心的課題」がほぼ解決しました。すなわち部落の人々の教育と就職の機会均等の保障が周辺地域の人々と同等までに達し、生活が安定し、行政の努力もあって生活環境の改善が著しく促進され、かつて「あんなところに生まれなくてよかった」「あんなところに移り住みたくない」と言われた劣悪な生活実態は一掃されたのです。
 だからこの間私は、機会あるごとに「いまや、同和対策・同和教育として特化して対処しなければならない課題はなにもない」と言ってきました。よく持ち出される部落の子どもらの「低学力傾向」や「高校進学率の較差」「高校中退率較差」にしても「父子・母子家庭」、「要保護・準要保護家庭」や「ニュウカマーの子どもたち」とも共通している傾向であり、課題であります。小泉政権によって煽られた「格差拡大社会」はますます深刻になっています。十年前、60万世帯であった生活保護家庭は100万世帯を突破しました。母子家庭も120万世帯にふえて、その平均年収は212万円です。義務教育課程で給食費や学用品等の公的補助を必要としている児童生徒の数は140万人を超えています。年収100万円余のフリーターが約313万人、年収200万円余の非正社員が増え続け、ついに就労人口の34,6%を占めるに至りました。一方、20年前の統計で部落の人口は116万人余でありました。いまでは100万人をかなり割り込んでいるのではないでしょうか。23,8%に急増している「貯蓄なし世帯」も含めて、さきにあげたしんどい枠にはまる部落の人々が周辺より少しは高い比率で居住しているかもしれません。しかし一方で、「資産1億円以上」の富裕層も少なからず在住しているのも事実であります。いま私たちが対峙すべきは、「格差社会」の拡大化、固定化であり、人間の尊厳を傷つける労働・福祉政策ではないでしょうか。いささかの躊躇も要りません。人権対策として断行すればよいのです。奈良市などに残存してきた部落にのみ特化した政策は大局を見誤り、“逆差別”を煽ることにしか結果しないと私は確信をもって言い切っておきたいと思います。生環部長と教育長の所見を聞かせてください。
 A、二つ目に指摘したいことは、今日の部落の生活基盤が何かということです。確かに皮革や履物は部落の歴史性と社会性に色濃くかかわりをもってきた仕事であります。少なくとも、‘71(S46)年、’73年のドルショック、オイルショックまでは、県内のどこの部落でも、家族ぐるみ・村ぐるみでこれらの仕事に従事していました。掛け値なしに部落の生活を支えていた基幹産業であり、文字通りの「部落産業」でありました。しかし、いまや、「村ぐるみ」はおろか、「家族ぐるみ」で従事していることも極めてめずらしいぐらいに衰退してしまっています。だから私たちはこの間、「部落産業」を「伝統産業」「地場産業」と位置づけ直してきたのです。零細な土木建築の仕事もかつては部落産業と同じ位置をもっていましたが、今日では同様に部落の生活基盤でなくなっています。なのに、いまもやれ「同和建設部会と連携せよ」とか、やれ「同和地区の建設業者を育成せよ」とかの要求を行政に突きつけている団体があるやに聞いているのですが、ほんとうでしょうか。ウソのようなホントの話でありますが、今日の部落では実際に土木・建設の仕事に就労している労働者の数よりも市町村や県に「指名願い」をあげている業者の数のほうが多いと言う実態があります。「公共事業にしがみつき」「談合の順番を待ち」「仕事はまる投げ」という小ざかしい業者をなぜに淘汰しないのか、という声が部落の中の圧倒的な世論としてあることをご存知でしょうか。また、あの奈良市の現業職員Aの勤務実態や行政との折衝に見られた横着で恥ずかしい対応が、なにを根拠に許されてきたのか、はっきりさせるべきであります。行政と運動体は誰よりも先に、恥ずかしい思いをさせてきた部落の人々に説明責任を果たさねばなりません。艱難辛苦の末に、立派に建設業を営んでいる部落の人も少なくありません。公共事業の抑制と厳しい競争の渦中でがんばっているこれら地元業者を、談合を克服しながらどう支えていくのかで知恵を集中すべきだと思っています。
’70(S45)年に南都銀行を就職差別で糾弾して以降、組織的、意図的な部落の人々への就職差別はなくなりました。部落の生徒の高校進学率も‘73年に80%台に、’93年に90%台に達しています。いまや、県内のほとんどの部落の主たる仕事は、周辺地区と同様に多種多様な職場への就労・勤務で、サラリーマンと包括するしかありません。本当の実態を古いベールで包み込みこむことも情報隠しであります。腐敗の源泉になるのではと心配です。商工労働部長、土木部長の所見を聞かせてください。
B、三つ目は、差別意識の問題です。部落差別の問題で“最後の砦”と言われてきたのが結婚問題であります。しかしながら、この難問も運動に関わってきた私たちの想像をはるかに超えて前進しているようであります。今日、20歳代、30歳代の部落の青年の大よそ90%近くの人が部落外の青年と結婚しているのでは、と言われるほどになってきました。だからこそ私は、「今日、部落の人々にとって部落問題は喫緊の課題ではなくなった」とあえて言いきってきたのです。いま私たちの周辺で起きている差別と人権侵害で喫緊の対応を求められているのは、子どもらのいじめ、不登校問題であり、児童虐待やドメスチック・バイオレンス(DV)であります。
とは言え、部落に対する偏見や差別がなくなったわけではありません。90%の青年の婚姻が結果として旨く成就してはいるけれども、そこに到る道すがらにさまざまな形で部落差別が顔をのぞかせるのが常のことという現実もあるのです。多分、他の差別と同じく、部落差別は杳として私たちの社会からなくならないのではないでしょうか。すでに私たちは「部落差別をはじめ、一切の差別をなくそう」というスローガンをおろしました。決してかなうことのない「差別撤廃」なる目標は“百害あって一利なし“と知ったからです。日常生活のなかで不意に出くわす差別や人権侵害とおぼしき事柄に、とりあえず「異議申し立て」をすることで人権感覚を磨くこと、「異議申し立て」が当たり前と認知しあえる社会をめざすことで新しい取り組みをはじめねばならないのではないでしょうか。生環部長と教育長の所見を述べてください。(3月1日、県議会代表質問にて)

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