奈良県議会議員 山下 力
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   「部落解放同盟行動指針」を批判する                 2009年04月01日

   「部落解放同盟行動指針」を批判する                
                なら人権情報センター   山下  力
3月23日付け「解放新聞」(第2411号)紙上で、過日の第66回全国大会で決定されたという「部落解放同盟行動指針」が掲載されている。’06年の「一連の不祥事」に対する痛苦な反省にもとづき、これまでの部落解放運動の成果と問題を踏まえながら、日本における反差別・人権運動の中心的な役割を担うに足りる社会的責任を実直に果たしていく運動と組織を構築していくことを目指すのだという。一読して、美辞麗句で飾られた願望と現実との間にあるあまりにも大きい落差に失望した。ほんとうに痛苦な反省がなされたのか、はなはだ疑問である。
(「一連の不祥事」の根拠が隠されている)
この行動指針の骨格に“今日の民主的ルールや法令に基づいて公正で透明性のある運動や組織運営を確立する”ことが位置づけられてはいる。しかし、ここに至る論議の中で「一連の不祥事」だけでなく多くの利権と腐敗の具体的な事例をどこまでつきだされたのかが明らかにされないままでは信用できない。悪いのは一部の心ない役員や業者で、善良な大部分の同盟員はむしろ、迷惑を受けているということで済まされてしまうからだ。これでは反省にならないのではと私は思う。「一連の不祥事」の根拠は、‘65同対審「答申」路線の運動方針にあったと、どうして提起できないのか。
@、 部落とその周辺との間に存在する生活実態較差を部落差別の証しと捉え、その較差を是正することを行政の責任とした行政の基本方針こそ‘65同対審「答申」の骨格であった。部落民の行政への「無理強い」に道をつけたのだ。
A、 “部落民にとって不利益なことはすべて差別に起因している”“差別糾弾闘争を行政闘争に転化せよ”等々の同盟最高幹部の「答申」路線につけこんだ煽動は、要求闘争至上主義を煽り、“行政依存体質”を育てた。
B、 公営住宅の入居、奨学資金の給付、生活資金の貸与、企業融資等々、すべての同和対策の制度は「窓口一本化」の名目で部落解放同盟に管理された。制度利用が個々人と家族をしばり、組織に従順であることを強いられ、運動体は風通しの良くない組織に変わっていった。「答申」路線を同盟と行政が共有する関係が定立した。
C、 同和対策事業に限ったことではない。公共事業が集中するところに利権屋の類が跋扈するのは不可避なことかも。とりわけ土建業界や食肉業界の利権は大きく、運動体の自主財源(カンパ)の確立を錦の御旗にして、一部の同盟幹部と業者の癒着が始まった。また、利権に聡い暴力団関係者も組織にもぐりこんできた。民主的ルールや法令は“同和問題の解決は国および地方公共団体の責務である”とする大義名分に押されて後退を余儀なくされていった。「答申」路線のもとでこそ利権屋が横行したのであり、運動の腐敗を排除・克服できなかったのだ。
(部落解放同盟に居場所はあるのか)
“全国水平社以来の輝かしい伝統を正しく継承する”と「行動指針」は今後の運動の目標を掲げているけれども、そこで言うところの「輝かしい伝統」とは「人間を尊敬することによって自らを解放せんとする集団運動」という意味に違いない。しかし、全国水平社創立直後を除いて、これまでの運動の歴史の中でわれらの運動が「人間を尊敬することによって自らを解放せんとする集団運動」としての輝きを示した事例を私は不幸にして知らないのである。実践で裏打ちすることができなかった理念を色褪せた古い箪笥の引き出しからまさぐり出して、それ「伝統」だ、やれ「継承」だといわれてもピンとこないのだ。こんな状態で自主的な運動の担い手であるとの自覚が生まれるはずがない。
 私はここで端的に指摘しておきたいと思う。部落解放同盟には今日、どこにも居場所がなくなっている。わが国社会の生活格差がますます拡大し、部落内でも生活困窮者が増えている。「いじめ」や不登校、児童虐待やDV等々でより充実した取り組みが求められているし、子どもや「障害者」、高齢者の生活が切迫しているが部落解放同盟にお声はかからない。解放同盟の側も手をこまねいている。これが現実ではないのか。いま提起された「行動指針」を云々するまえに、部落解放同盟と名乗ってきたわれわれが共々に総括しておくべきいくつかの大切な課題がある。ここに提示し批判を仰ぎたい。
@、 全国水平社は労働運動や農民運動との間で「三角同盟」を試行したし、部落解放
同盟は‘70年代に、各政党、地方自治体、労働組合、企業団体や被差別組織を
網羅して部落解放国民運動を組織してきた。また、狭山闘争では労働運動や新左翼運動、市民運動等との共同闘争は大いに盛り上がった。しかし、「障害者」等との共同闘争や在日朝鮮人・韓国人やニュウカマーらとの連帯行動は目だって前進・発展しなかった。マイノリティとの信頼関係が構築できなかった総括を急ぐべきでは。
  A、「行動指針」も執拗に糾弾闘争の必要性を強調しているのが解らない。部落問題の解決が国民的課題であるとの認識はかなり浸透してきたし部落の青年の9割近くが部落外の青年と結婚している。しかし、部落差別は残存しているのだ。どうして、言われるところの相互理解にもとづく相互変革が実現してこなかったのかの総括がない。社会性・説得性・公開性を原則にしての教育的深慮で糾弾を展開すれば自他ともに変革できるのか、はなはだ疑問である。部落民もまた差別する。そして、部落内にも女性や「障害者」への差別がある。ハンセン病やエイズ等への偏見もある。昔ながらの在日朝鮮人・韓国人等への差別もなくなっていない。もちろん、貧富の差別もあるのだ。しかし、部落内での反差別の取り組みに確かな実践の足跡がみつからないのがさびしいところである。自らの弱さや醜さを切開する謙虚さや勇気を持たずしてどうして他者の非をあげつらい、自省を求めることができるのか。少なくとも個人糾弾は止めにしないかと訴えたい。
  B、すでにわれらの運動は、全水以降で87年、‘65「答申」以降で44年の歴史を重ねてきた。この長きにおよぶわが同盟の運動を横目でみてきた周辺のひとびとの思いなどをいちどはきいてみたいところである。周辺の集落と、農家どうしの付き合いはあり、自治会どうしの付き合いもしてきた。しかし、解放同盟との付き合いは皆無であった。いま唐突に、部落内外を横断する地域就労支援運動や地域教育運動、地域福祉運動等を提起されて、共々に新しい地域共同体を創出しましょうよと呼びかけられても隣の自治体が困るだけである。また、「徹底して部落内外の困難を抱えている人の立場に立ち切り」とか「部落問題解決の仕組みを困難を抱えたあらゆる人の問題解決への仕組みとして協働化・普遍化していく」と言葉巧みに誘ってみても、われらの運動体の部落第一主義はとっくの昔に見抜かれていると理解しておくのが利口である。まずは、部落解放同盟なる冠を脱いで、志を持つ一人の人間として、自分のもっとも切なる課題を内外の人々に訴えることからはじめたい。時間はかかるが、相互理解の深まりをかさねることでしか溝は埋まらないし壁は越えられないと私は思っている。

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